ご昭和ください

ご昭和ください ブログ

昭和の 見た目

2024年04月21日

昭和46年生まれ52才、高橋裕です。
 
今日は「昭和の見た目」で30分。
 
クリスマスブーツのお菓子セット。
見た目は最高でしたが、上底の上に、いかにも売れ残りスナック菓子を詰めて、ほぼいっぱいの状態に有名メーカーのチョコ、ガムとかをのせてネットをかぶせて包んでありました。それでも、サンタからプレゼントもらったみたいに嬉しかった。
 
昭和50年頃、母方の祖父が「私の父に似てないか?」と、週刊誌に載っている小林亜星さんの写真を見せてくれました。父の方が少し痩せていたけど、 黒縁メガネで大柄でデップリしたお腹に「似てる~!」と家族で大笑いしました。
 
母親に出来上がったばかりの高校の卒業アルバムを見せたら「なんで先生が学生服を着ちょるんかね?」と聞くんで、見ると、それは同級生のガミくんでした。逆に、担任の先生は、大学を卒業したばかりの童顔だったので余計老け顔のガミくんが先生に見えたようでした。
 
昭和のプロ野球の映像、特にON全盛期の頃
観客席が写るとほとんどが男性、しかも背広にネクタというイメージがあります。
まるで後楽園球場の内野席にはドレスコードがあったんじゃないかと思わせるほどです。
みんな一張羅を着て気合いを入れて野球観戦してたんでしょうかね。
 
小学6年生の時にハイソックスなるものが登場しました。とてもオシャレに見えて親にねだりましたが却下。制服の無い学校だったので、どうしてもハイソックスを履きたい私は発明しました。靴下を濡らして引っ張り上げたらハイソックスになったのです。友達から「買ってもらったん?」と聞かれて「うん!」とウソを付いていました。でも、このニセモノのハイソックスは常に濡れていなければいけないのです。時間がたって乾くと、魔法が取れて只の靴下になってしまいます。授業中、次第に乾いてゆくのが気が気じゃありませんでした。  
 
21歳の時、初めて買ったのが、中古のホンダN360です。空冷の360cc、レッドゾーンは確か6000回転、単車のエンジンです。
当時、エアコンなど無く、三角窓から、車内に空気を入れて、涼をとっていました。
そんな時見つけたのが「冷房車」の青い文字のシール。これを窓ガラスに貼り、真夏の暑い日、わざわざ窓を閉め、見た目冷房が効いている振りで走ってました。車中は灼熱地獄でした。
 
中学校はお弁当持参でした。我が家はそれほど貧しいという程の家でも無かったのですが、父の方針でご飯は白米と麦を混ぜたご飯でした。世の中もこの頃には白米の時代。お弁当のご飯に麦が入ってるのが恥ずかしくて弁当箱の蓋を立てて食べていました。でも、ある日気が付きました。ご飯が炊けた時、麦は軽いからか炊きあがりの上層に集まる。それ以来、自分でお弁当箱にご飯を詰めることにしたのです。麦を避けて下に沈んでいる白米だけをすくって白米弁当にしたのです。今は健康志向で麦も堂々と食べられてて、あの時の私の苦労が可哀想に思えてます。
 
さて、次回4/28も「昭和の見た目」で行きましょう。老け顔ネタ、ドーベルマンがいるお家は裕福に見える、見た目で勝負するために車をカスタムするetc次週も昭和の見た目のネタお待ちしています!
 
ご昭和くださいのYouTube動画、毎週水曜日更新です!
https://www.youtube.com/watch?v=-B0G92K0OlA
「昭和の大きすぎる」
トレンディドラマのW浅野が使っていた携帯電話ってデカかったなぁ。


月間アーカイブ