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昭和のノドがカラカラ

2024年02月11日

昭和46年生まれ52歳、高橋裕です。
 
今週は「昭和の ノドがカラカラ」で30分。
 
 
50年前の高校球児でした。当時は、根性、根性の時代で、ウサギ跳びは跳び放題、水分補給は厳禁でした。
1年生の私達は玉拾いで、球場のトイレ付近に飛んだボールを競って取りに行き、中にあった手洗い用の水道の蛇口に口を着けて、キッチン用のボールタイプの受け皿にトカゲがチョロチョロしていても構わず飲んでいました。
またバックネット裏の油が浮いた淀んだどぶに落ちたボールも取りに行き、表面の油を手でのけ飲んでいました。喉カラカラでした。
 
今ほど暑くなく最高気温が30度だった昭和60年代でしたけど、校庭での部活動は暑くてたまりませんでした。水を飲んだら疲れやすくなると顧問に言われたんでひたすら耐えて部活動に勤しんだのを覚えております。一応、水筒にお茶を持って行っていましたが、それは先輩のためのお茶でした。
ある日、とうとう我慢ができなくなって、水道に駆け込んで水を飲んだところ、先輩たちの集中砲火を浴びてしまいました。
 
夏休みの部活の休憩、部活がおわると、喉はからから!!部室に行くのではなく、運動場のすみにあった井戸水を飲みにゾロゾロと皆で行ってました。手押しポンプの取っ手をギーコ、ギーコと、かわりばんこに押して出てくる冷たい井戸水を手のひらで受け顔を洗い、冷たい美味しい井戸水をゴクゴクと飲んでました。からからのノド、体には染みるおいしさでした。
 
友人の結婚式でスピーチをしたときは、のどがカラカラでした。草案を作り、推敲して空でしゃべれるまで読み込みました。フルコースの料理が手につきませんでした。もう、ガタガタ手が震えまくるのです。
スピーチの順番がきて、マイクを持つ私を俯瞰して見ている私がいました。ちゃんとしゃべってるじゃん、笑いもとってるじゃん、よくやったぜ、私。
席に戻ると震えもおさまり、クーッとワインをあけ、ステーキにかぶりつきました。さすがは東京の結婚式、と思いました
 
自分は、昭和59年に陸上自衛隊に入隊し、昭和61年9月から12月までの3ヶ月間、陸上自衛隊の中でももっとも過酷な訓練と言われている「レンジャー教育」に参加しました。
教育も残り1ヶ月半を切ると山口県の市街地及び山の中で訓練をします。各自の装備品の中には水筒がありますが、この水は一切訓練が終了するまで飲めません。もちろん毎回水は新しい水です。
この水は負傷している方や国民の人たちに与える水なので我々は一切口にすることは無かったです。山地を歩き回りますのでもちろん喉がカラカラです。最終手段では田んぼの水や雨水、水たまりの水を飲んで喉を潤していました!
3ヶ月の訓練を無事に修了して見事レンジャーの一員になりました。
 
「水を飲むとスタミナが無くなる」「どれだけ汗をかいてもコップ1杯も汗なんてかかないんだ!!」という、精神論を150%を体現させられてました。特に忘れられないのは中学1年生の時の、真夏の部活の練習の時です。
沢山走って、暑くて、ノドもカラカラ。でも、部活終わるまでは水も飲めない。それでも限界だったので「スミマセン、トイレ行ってきます」とトイレに行くふりして、手洗い場の水をたらふく飲みました。
スッキリしてグラウンドに戻ると、1人の先輩が「お前、水飲んでたやろ♪」と言うので、当然「いえ、飲んでません」と答える私。すると先輩が「ジャンプしてみ」と言うので、ジャンプをすると、私のお腹から「チャポン♪チャボン♪」と、水腹(みずばら)の音が…
嘘を付いた罰&勝手に水を飲んだ罰として、きっちり罰走されられ、更にノドがカラカラになる羽目に。
 
 
さて、次回2/18のテーマは「昭和の 腹が痛い」で行きましょう。
今日の“生水飲む”から派生したテーマ。山根さんは道端に落ちているパンを食べても腹が痛くならない、緊張してお腹が痛くなる、う〇ちを我慢して、突然盲腸になったetc.先週に引き続き、ご昭和リスナーの底力を見せてください!
 
 
そして、ご昭和くださいのYouTube動画、毎週水曜日更新です!
https://www.youtube.com/watch?v=JVm7bTgWuOU
今週は「昭和の予算オーバー②」
ぜひ、こっちもご覧ください!


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