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昭和の掃除 PART2

2024年02月04日

昭和46年生まれ52歳、高橋裕です。
 
今週は「昭和の掃除 PART2」で30分。
 
 
小学時代、大掃除の前の日に先生から「自宅にある新聞紙を持ってきてください」と言われたので新聞紙を持っていきました。先生がお手本で新聞紙を濡らして窓ガラスを拭くと、あれだけ汚れていた窓ガラスがピカピカになり、僕たちは友人たちと競い合うように我先に窓ガラスを綺麗にしていった思い出があります。
 
中学の時に学校の教室の掃除をするわけですが、机を後ろに下げたらかなり広い空間ができました。真面目に雑巾と自由ぼうきを使って掃除した後、その自由ぼうきと雑巾を使ってアイスホッケーごっこをしてました。
西武ライオンズファンの私は当然「チーム国土計画」で、もう一人のP君は「チーム王子製紙」を気取ってアイスホッケーごっこをしてたのを覚えております。1回も巡回の先生にばれなかったのが、我ながらすごかったなと思ってます。
 
先週の放送を聞いて「昭和の掃除」でもう1つ思い出しました。
それはレンタルのモップです。水拭きのモップと違い、化学の力でホコリを吸着する画期的な掃除道具でした。しかも、今までにないモップの先だけ取り替えるレンタル方式です。家庭にレンタルが入って来た先駆けではないでしょうか?
親がいない時に交換するおばさんが集金に来てしまうことがあります。そんな時、子供でもお金が払えるように集金用袋が用意してあって、それで払っていました。もちろん、新聞代用、牛乳代用の袋もありましたよ。
交換の前の日にまだモップがきれいだと、「もったいないから、どこでもいいから拭いてきて~」とよく言われてました。
 
小中高と福井県の海辺の町で過ごしました。昭和の掃除で思い出したのは、6月末の町全体での海岸(砂浜)掃除です。通称=浜そうじ。
夏になると海水浴客で溢れる町でしたので、夏季民宿や海の家を営む者も多く、(観光協会の号令で)海開き前に砂浜を大掃除するんです。
6月末の砂浜は、冬の荒波で打ち上げられた海藻や流木、魚の死骸、等々、ゴミの山。そして、そのゴミの山全体の5%位は、ハングル文字の書かれた瓶や漁具等、韓国(?)からのモノでした。「この海原の先は朝鮮半島へ繋がっているんだ」と改めて再認識する年1回の行事でした。
 
夫(昭和37年生まれ)は大学進学で上京。大学1年生のゴールデンウイークに新幹線の車内清掃のアルバイトをしました。新幹線(0系)がホームに入ると、大きな袋を持って、空き缶、お弁当のゴミなどを回収、特にジュースやコーヒーが床にこぼれていたら、掃除が大変だったらしいです。
そんな中、ホームで次の新幹線の到着を待っていると、見た事あるなと言う人が近づいて来ます。よく見ると柴田恭平さんで、主人に「ご苦労さん!」と声をかけて、颯爽と去って行きました。掃除の仕事は大変でしたが、その言葉には感激したと今でも話してくれます。
 
 
さて、次回2/11のテーマは「昭和の ノドがカラカラ」で行きましょう。
山根さんが是非ともやりたいというテーマ。先生、喉が渇きました、水飲んでいいですかぁ。ダメだぁ、唾飲んでおけ!隠れて水飲んだよなぁ。喉が渇いてやっと自販機見つけたけど10円足りない…etc.
昭和の頃の「ノドがカラカラになった」話をお待ちしてます!
ご昭和リスナーの底力を見せてください!
 
 
そして、ご昭和くださいのYouTube動画、毎週水曜日更新です!
https://www.youtube.com/watch?v=V4DbXxB3E94
今週は「昭和の予算オーバー」
渡辺アナの疑惑話がさく裂してます。


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