
毎週日曜日 ひる11:30~12:00
あなたもご一緒に昭和な話で井戸端会議しませんか!?
日本人誰もが夢に憧れ夢を追いかけてきた、古き良き時代…「昭和」。
日本人が、もっとも日本人らしかったとも言われる「昭和」にスポットを当ててお送りする30分。
お相手は、音楽・映像・風俗とサブカルチャーに詳しい山根由紀夫と高橋裕アナ。
あなたも昭和の世界にタイムスリップ!?
昭和な写真、ネタ、話題、思い出、モノを写した写真を大募集~!!
あなたの投稿ネタからトークが展開していきます!!
昭和の栄養 PART2
2026年02月01日
今週は「昭和の栄養 PART2」で30分。今週も昭和の栄養事情がたくさん出てきました。
≪昭和27年生まれのリスナーさん≫
昭和三十年代に小学生だった時の給食で出た「脱脂粉乳」。
その味から、配膳の時は「多い、多い」の大合唱。
代わりに、みつ豆の時は「少ない、少ない」の大合唱。豆とミカンを数えたり、量を比べて騒ぐのが当時のアルアル。
≪昭和28年生まれのリスナーさん≫
小学生4年までの私は、半ズボンがブカブカのガリガリ痩せで、夕食のおかずも平天とモヤシの炒め物という貧しい生活でした。給食も脱脂粉乳で牛乳も飲んだことがなかったのですが、母親が知り合いからヤギの乳が貰えたと言い、しばらく私に飲ませてくれました。するとブカブカだった半ズボンがピチピチになり、栄養が行き届き私はヤギの乳で育ったようなものです。
≪昭和38年生まれのリスナーさん≫
母は、ビタミンB1欠乏症だからといつも麦ご飯を炊いていました。麦が入ってない銀シャリは馴染みがなくて、結婚してからも麦ご飯です。
≪昭和41年生まれのリスナーさん≫
「昭和の栄養」と聞いて思い浮かんだのは、黒や茶色や緑色の豆です。私が中学生の頃は給食はなくお弁当だったのですが、母がやたらと「栄養があるから」と言って、お弁当の一角に煮豆を入れていました。私は豆類が大嫌いだったので、必ず残すのですが、必ず入っているのです。好きなものばかりが入っている友達のお弁当が羨ましかったです。
≪昭和39年生まれのリスナーさん≫
昭和の栄養で思い出したのは、子供の頃に風邪を引いて寝込んだ時のフルーツです。
我が家の場合は、主に「バナナ」。
極稀に「メロン」でした。
≪昭和34年生まれのリスナーさん≫
家の食事のメニューが、野菜のお浸しや煮っころがしのおかずでテンションやや低めの時、母は必ず「栄養があるけー食べんにゃいけん。食べんと強くなれん!」と言って残さず食べさせられました。丁度、テレビで「ポパイ」を放送している頃でしたので、ほうれん草はよく食べされられました。
ポパイは、強くなる為に缶詰のほうれん草を食べてましたが、握力だけで缶詰を潰して開けられるならほうれん草はいらんやろ?!と思ってました。
さて、次週はテーマチェンジ。「昭和の無理をしたデート」で行きましょう。リーバイスとモカシンの靴を履いて白Tシャツ、雑誌で見たファッションでデートに行くのはかなり無理していた高橋少年です。
次週も皆さんからの思い出・メッセージお待ちしております。
そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。