ご昭和ください

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昭和の屋台

2026年03月29日

今週は「昭和の屋台」で30分。チャルメラの音色からスタートしました。

 

≪昭和34生まれのリスナーさん≫

広島県呉市の屋台。呉の船に13年間、乗っていたので上陸し呉の街に飲みに行き、よく〆で中華そば等を食べに行っていた。定番の中華そばにおでんに大好きなガンス。因みに呉の屋台は世襲制と公募の2本立てなんと。

 

≪昭和42年生まれのリスナーさん≫

昭和40年末、宇部市松山町1丁目の交差点にリヤカーに小窓とヒサシを付けたたこ焼き屋さんが来て女の方が売っていました。黄土色の紙袋に入って爪楊枝が刺さって二個50円だったかな?祖母とスーパーに行く時は、このたこ焼きか三角パックのコーヒー牛乳どちらかを買ってもらうのが楽しみでした。    

 

≪昭和29年生まれのリスナーさん≫

小学生のころ、即席ラーメン「チャルメラ」のパッケージそのままの雰囲気の屋台が家の近くにやって来ていました。外食なんて数えるほどしか連れて行ってもらってなかったけど、父がラーメンだけは食べさせてくれました。出来上がるまで見ていると、おじさんが木でできた引き出しから麺を取り出していたのを覚えています。もちろん車じゃなくてチャルメラを鳴らしながら屋台を引っ張っていました。

 

≪昭和38年生まれのリスナーさん≫

自分が若い時には徳山駅の駅前の勧銀の近くに、バナナを売る屋台がありました。

物凄くデカくて、いっぱい房の付いたバナナを、人が集まるとおじさんが、あのみんなが知っている叩き売りの口上をリズムに乗せて売ってました。

自分は本当にバナナが欲しかったので、値段を下げる前に買おうとしたら、おじさんが「兄ちゃん、ここからがおじさんとの駆け引きなんだ、すんなり買ってもらっちゃあ、おじさんこまるのよ」と言われたのを覚えてます。

 

≪昭和46年生まれのリスナーさん≫

中学2年の頃、ドラマ「毎度お騒がせします」を放送していた毎週火曜日の夜9時ごろに「宝来軒」という屋台が、夜11時頃に青いワゴン車の「流しのチャルメラ」屋さんが来ていました。私はラーメンが好きなので、丼を持って買ったラーメンを食べながら聴くチャルメラの音が好きでした。

 

≪昭和38年生まれのリスナーさん≫

敢えてここではおでん推しです。

ビニールで覆った中に、熱々のおでんとむさいおじさんたち。酒が進みましたね。

私は酒飲みの母と大体三軒はしごでした。

いい時代でした。

 

さて、次週4/5のテーマは「昭和の食べ過ぎ」で行きましょう。

お呼ばれしたお宅で“あれも食べてこれも食べて”、食べ放題で食べ過ぎたけど満腹幸せetc昭和の頃の食べ過ぎにまつわる思い出・エピソードをお待ちしています。

 

そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。


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