ご昭和ください

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昭和の栄養

2026年01月25日

今週は「昭和の栄養」で30分。やっぱりご昭和世代の皆さんは少しでも“栄養の高いものを”求めていたみたいですね~。

 

≪昭和35年生まれのリスナーさん≫

昭和の栄養で一番最初に思い浮かぶのは、肝油です。給食で時々出ていて、甘くて美味しかったのを覚えています。また、夏休み前には30粒入りの物が斡旋販売されていました。

 

≪とあるリスナーさん≫

私が小学生の頃、夏休み前に肝油ゼリーの販売が有りました。ボンタンアメのオブラートを外してカプセル状にしたような物で、1日ひと粒と言われていたのですが、当時甘いお菓子など滅多に口に入らない私は、8月に入る前に殆ど無くなって居ました。

 

≪とあるリスナーさん≫

我が家には柿の木があり収穫した柿を干して出来た「干し柿をおやつ」として栄養源として食べていました。甘い干し柿はめちゃくちゃ美味しくてお腹も満たされてとても幸せな気持ちになりました。

 

≪昭和40年生まれのリスナーさん≫

幼いころ、籠に魚の干物を入れて売りに来るおじさんがいました。玄関で母が何か選んでいるのを見ていると、おじさんが「僕、これ食べてみな」と、ちりめんじゃこを一握りつまんでくれました。

私は食べると、「おいしい」と言いました。

おじさんは、「栄養があっておやつにもええからねー」と言い、おじさんの口車にのって、母は紙袋いっぱいのちりめんじゃこを買っていました。

それから、私のおやつは当分、ちりめんじゃこ でした。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

昭和の栄養で思い出したのは、父の言葉「魚は小骨も食べろ!」です。

漁港がある町に住んでいたこともあり、我が家の食卓には魚がよく並んでいましたが、

焼き魚、一夜干し、等々、魚は小骨まで食べるのが当たり前でした。

 

≪昭和39年生まれのリスナーさん≫

「昭和の栄養」で思い出すのは

「グロ〇サン内服液」です。

ガラスのアンプルに入っているので

プラスチックのカバーをかぶせて、先端をポキっと折ります。穴にストローを差し込んで薬液をチューチュー吸います。ちょっと悪いことをしているような特別感があり、効いた気がしたものです。

 

さて、次週も「昭和の栄養」で行きましょう。山根さんにとっての昭和の栄養はやっぱり“肉”でしょう!高橋少年も焼肉食べ放題に家族でよく行ったもんなぁ。大工の親父からの指示は「ゆたか、肉だけ食べろ!」でした。

次週も皆さんからの思い出・メッセージお待ちしております。

 

そして、ご昭和くださいの「X」、#kryshowaでご覧ください。ラジオ放送の前日、毎週土曜日に翌日の放送分のちょっと良い場面を動画でUPする予定です。ぜひ、“フォロー”と“いいね”をお願いします。


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