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昭和の 親父の趣味PART2

2025年07月06日

今週は「昭和の親父の趣味 PART2」で30分。
今週も昭和時代のお父さんたちの趣味話がたくさん寄せられました。
 
≪昭和40年生まれのリスナーさん≫
私が小学生の頃、父は8mmフィルムカメラにハマっていて、家族旅行などでたくさん撮影していました。家族を撮るフリをして必ず通りすがりの若くてキレイなおねえさん達をフィルムに収めていました。帰宅後、父はせっせとテープを切り貼りして編集し、いよいよ家族揃って上映会。
父は自宅でささやかな商売をしていて、夜飲んで遊んで帰ってくるなど全くなかったので、キレイな おねえさん達を追っかけている映像を母も姉も私も微笑ましく見ていました。
 
≪昭和29年生まれのリスナーさん≫
昭和の親父の趣味、それはなんといっても野球ですね、見るのもやるのも好きでした。
高校生の時から軟式野球をやり社会人になってもやってました。見る方は長嶋さん全盛期の巨人戦をテレビ中継で見てましたが、テレビが始まる前と終わったあとはラジオを聴いていました。今、生きていたら試合開始から終了するまで見られるテレビには喜んでいたでしょう。
 
≪昭和42年生まれのリスナーさん≫
昭和6年生まれの私の父の趣味は何と言っても“お酒”で、毎日、瓶ビールと日本酒。母は、一升瓶にマジックで線を引いてお酒の残りを監視し「飲みすぎ!」と注意したけど効果なし。法事の時は最後まで居座って顔真っ赤のベロベロ、新婚時代には、職場の仲間を家に連れて来て飲む。母は、ただでさえイヤなのに「奥さん、ナマスの刺身が 酢でしまり過ぎ」と手作りツマミにクレームを言われ、スゴく腹が立ったと言ってました。
 
≪昭和43年生まれのリスナーさん≫
父は切手収集、絵画、手品が趣味でした。
中でも手品は失敗続き。ユリゲラーを見てはスプーンを曲がらないと文句をいい、「木曜スペシャルに抗議電話する」と言い出すので家族全員で阻止しました。後に、ゼンジー北京さん、伊藤一葉さん、レッドスネークカモンカモンの人に夢中になり、手品の練習をしていましたが、上手にできたのを見たためしがなかったです。
 
≪女性のリスナーさん≫
昭和6年生まれの父は、田端義夫さんが好きだったようで、楽譜なんかは無く、もちろん読めもせず、 耳だけを頼りに中古のギターで「かえり船」を弾いていました。レコードもよく聴いていたので、私も自然に覚え、父の弾く「かえり船」のキーがだんだん変わっていくのが解りました。たまに吹く口笛も同じ音程だったので、よく母は「音痴の人は口笛も音痴なんだね」と言っては笑っていたものです。
 
≪昭和53年生まれのリスナーさん≫
母が生きていたら絶対に投稿していただろうと思い、母の父親の話を投稿します。
母の父は明治44年生まれ、生きていたら114歳。
思い出話でよく母が話してくれました。
川釣りが趣味で手がとても器用で、竿を木で削って作っていたそうです。
釣ったうなぎやナマズ、フナにコイなど、庭の池で上手に飼っていたそうです。
 
さて、次週のテーマは「昭和の真夜中」で行きましょう。山根さんは、24時間営業の店が出来ても最初は昼に行ってたとか。ラジオの深夜放送、徹夜勉強、夜通しドライブ、寝台特急etc昭和時代の真夜中の思い出・エピソードをお待ちしています!
 
なお、今年も7/12(土)から夏の高校野球山口大会が開幕します。日曜日に実況中継があった場合は、「ご昭和くださいはお休み」となりますので、野球中継をお楽しみください!
 
そして、ご昭和くださいのYouTube動画、毎週水曜日に更新しています!
https://www.youtube.com/watch?v=0rjzwu5GgSQ
テーマは「昭和の私の帽子」
「僕は子供のころから頭の鉢が大きく…」って、高橋少年も同じです!


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