ご昭和ください ブログ
昭和の定食
2020年01月12日
昭和46年生まれ48歳の高橋裕です。
大学時代に住んでいたアパートの隣に
「ピース」という定食屋と、
その近くに「萬壽園」(まんじゅえん)という
おもに中華料理を食べさせてくれる、定食屋がありました。
ピースは350円で若い大学生も腹いっぱいになる、
リーズナブルな定食屋で、メニューは沢山ありました。
中でもコロッケ定食やさんま定食が、僕のお気に入りでした。
対する萬壽園は、おもに回鍋肉定食が人気メニューでしたが
少し高い520円だった記憶があります。
味は萬壽園の方が良かったです。
この2つの定食屋、お互いに店主の仲が悪く、
学生が他方の店に入るか時々店主同士が監視していました。
他方の店に入るのを店主に見つかると
今度食べに行った他方の店主に嫌味を言われてました。
でも僕達はそんな話は聞き流し、
せっせと定食を食べるのでした。
他、少し遠いところに「むらやま」と言う定食屋があり、
ここは作り置きの定食の皿を陳列ケースから取り、
後からごはんとみそ汁が出て来るシステムでした。
ここの定食は、初めのころは180円で、その後210円でした。
学生の懐事情に優しい店で、繁盛してました。
とても懐かしく思い出されます。
一人暮らしを始めた18の頃、
寮とは名ばかりのボロアパートは賄いもなく、
共同の台所はネズミが出没して使う気にならなかったので、
部屋の電気ポットで作ったカップ麺ばかり食べていましたが、
時々食べに行く定食屋のおかげで、
栄養失調にならずに済みました。
さばの味噌煮やほうれん草のおひたし、
煮物などが並べて置いてある中から好きな物を取って、
注文できるのは白いごはんと味噌汁だけでした。
温めるレンジもなくて冷たいおかずでしたが、
コンビニもない時代、定食屋の存在は有り難かったです。
実家にいた時は和食が好きじゃなかったけど、
親に作ってもらえなくなると有り難みが身にしみて、
何でも美味しく食べられるようになりました。
私の「昭和の定食」は、何と言っても、
私が通学していた周南市のT大学の学食のA定食です。
昭和50年代前半の頃、味噌汁20円、卵30円、
ご飯(どんぶり)70円。うどん100円、カレーライス150円。
B定食160円で、A定食は300円でした。
当時、バイトもしていなかった貧乏学生に、
300円のA定食を注文するのは、物凄い罪悪感に苛まれ、
いつもカレーかうどん。本当にお金がないときは、
ご飯に味噌汁の90円で過ごしていました。
バイトをするようになると、たまにB定食を頼んでいましたが、
それでもA定食を注文する勇気はありませんでした。
ある日、学食に入ると、
いつもA定食を食べているリッチな先輩が、
「今日のA定は、鶏の唐揚げ。旨いぞ!」と言うので、
その日は清水の舞台から飛び降りるつもりで
A定食を注文しました。大人のゲンコツ位ある鶏の唐揚げ。
モモ肉を丸ごと揚げた物で、でかい!しかも揚げたて!
世の中にこんなに旨いものがあるのか?って位旨かったです。
それ以降すっかりはまって、
鶏の唐揚げの日はA定食を注文するようになりました。
卒業後も、大学の校友会新聞に投稿される記事の
学生時代の思い出で、最多登場は
「学食のA定食の鶏の唐揚げ」の話です。
T大学出身者は、皆知っていると思いますが、
現在もあるのかなぁ?あれば食べに行きたいです。
次週、1/19のテーマも「昭和の定食」で行きましょう。
平成6年、高橋少年が山口県で一人暮らしを始めたころは、
局近くの定食屋3~4件をローテーションして
栄養を取ってました。ハンバーグ定食が美味かったなぁ。
お店のおばちゃんの手ごねの。
次週も、皆さんからのご昭和話をお待ちしております!!
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