ご昭和ください ブログ
昭和の 逃したチャンス
2024年10月20日
昭和46年生まれ53才、高橋裕です。
今日は「昭和の逃したチャンス」で30分。
まぁ、それにしても、冒頭の山根さんのミュージシャン時代の逃したチャンス話がかなり驚きモノでした。
昭和60年島根県在住の21歳の頃、
中学校の同窓会のクラス会幹事だった私は、正月休み、地元田布施へ。一次会の“タイムカプセル”も無事に終わり、二次会の食事まで時間つぶしに、手伝ってくれたK美さんと、町内を車でドライブ。
当時、才女で無口なイメージだったのに、車の中では昔話に大はしゃぎ。
石城山(いわきさん)頂上に着いたとき、
『これから忙しくなるから大変ねぇ。』とポツリ。
その後、特に何もなく。。。。。
ひと月後、下宿に手紙が届き、集合写真1枚の裏に「雪に埋もれて楽しんでネ」と書いてありました。
あの時、ひょっとしたら勘違いかもしれないけれど、「チャンス」を逃した一幕だったのかもしれません。
昭和の末期に100万円クイズハンターの出場者募集に応募したら、山口県の予選に出て下さいというハガキが来ました。
山口市の実家の近くが予選会場だったので、前の日に実家に行って予選に備えていたら、
姉のお姑さんが亡くなったという電話があって、お葬式に私も行かなきゃいけなくなって、泣く泣く予選出場をあきらめました。
予選に出ても勝てたかわからないけど、子供の頃からクイズが大好きで、アップダウンクイズ、クイズグランプリ、タイムショックなどを毎日のように見てたのに、一度くらいクイズ番組に挑戦して柳生博さんに会ってみたかったです。
昭和50年代前半、ある日幼稚園から帰宅後のことです。当時住んでいた自宅近くのスーパーマーケットにKRYラジオの中継レポートが来て、親父がそのスーパーマーケットへ連れて行ってくれました。そのレポート内でクイズコーナーがあり、参加者がそのクイズに正解するとプレゼントが貰えるとのことで、僕はプレゼントが欲しくて元気よく「はい!」と挙手をして指名された迄はよかったのですが、問題の内容をよく聴いていなかった僕は間違った回答をしてしまい、残念ながら粗品プレゼントを貰えるチャンスを逃してしまいました・・・。
私の妻は、高校生の時、コンサート会場の裏口で よくロックミュージシャンの入り待ちをしていたそうです。チープトリックが大好きだったので、脱退期間中のトム・ピーターソン、エリック・カルメン、カーマイン・アピスが会場に到着した際、写真をばっちり撮ったんですが、カメラを落としてしまいカバーが開いて感光してしまって全部ダメに。。。
カメラ店に駆け込んだけれど、写真は助かりませんでした。
さて、次週10/27のテーマも「昭和の逃したチャンス!」で行きましょう。オーディションに出たけど、クイズに出たけどetc後悔先に立たず、皆さんの昭和の頃の逃したチャンスをお待ちしています!