ご昭和ください ブログ
昭和の改造
2020年03月22日
昭和46年生まれ48歳の高橋裕です。
今週は「昭和の改造」で30分。
昔住んでいたコンクリート製のアパートのトイレは、
畳半畳くらいの広さで換気扇も無く、夏場はサウナ状態でした。
天井に直付けの裸電球1個でコンセントも無くうちわを片手に入っていました。
そこでプルスイッチとコンセント付の電球ソケットを
間にねじ込み、スイッチをON状態にして
コンセントにクリップ式ミニ扇風機を取り付け、
トイレ内の突っ張り棚に挟み、
コードには細めの針金をらせん状に巻き
電球に直接当たらないようにしました。
トイレに入る時に電気をつけると扇風機が同時に回りだし、
トイレが長い家内は大喜びしてくれました。
私が小学校高学年ぐらいの時、
周りの友達がやっていたことは、ランドセルをつぶして、
なるべくぺっちゃんこに見えるようにすることでした。
特に男子の間では、いかにしてランドセルを
薄く見えるようにするかで盛り上がり、
ブームになっていたようです。
傷が一つもなくピカピカなランドセルはあまり格好良くなくて、
適度に傷が付いて使い古した感じのランドセルの方が
格好良いみたいな雰囲気でした。
私は革でできたランドセルをつぶしたり、
傷付けたりする意味がわからず、むしろなるべく
傷付けないように丁寧に扱っていたので、
卒業する頃でも6年間使ったとは思えないほど
ピカピカのランドセルでした。
昭和の改造って思い出すのは学生鞄や帽子。
鞄はクラブをしてましたからスポーツバックがメインでしたが、
学生鞄は針金で縫い付けペッタンコ&学生帽も同様に
ペッタンコでしたね!!
逆に学生ズボンは「これでもか」ってくらいに
膨らんだボンタン・・ついでに学生服は裾も襟も長めでした。
小さい頃は静岡県に住んでおりました。
今、住んでいる山陽小野田市は母親の実家があります。
帰省する時は、静岡から車で大阪まで行き
フェリーで門司までというルートが多かったです。
静岡から大阪までだと車で5時間弱でした。
そこで親父が改造してくれたのが、
後部座席の足を入れる場所に、
足を着けた板をはめてくれたこと。
フラット、平坦になりゴロ寝ができました。
寝るとガタガタした振動がストレートに感じられましたが、
兄貴も私もスヤスヤ寝た記憶があります。
フェリーも二等の雑魚寝タイプ。
車で慣れていたのでスヤスヤ寝れました。
クーペで後部座席の狭い車でしたから助かりました。
優しい父親でした。
さて、次週、3/29のテーマは
「昭和の改造PART2」で行きましょう。
おもちゃを改造、愛車を自分好みに、家の大改造etc.
次回は「昭和の改造」でお待ちしています!
そして、もうひとつ募集するテーマがあります!
「昭和のアンテナ」。
白黒&カラーテレビ、AM・FMラジオ、無線、ラジコン、
車のアンテナの先に鯉のぼりetc.
昭和の頃のアンテナにまつわる思い出・エピソードも
お待ちしております!!