人の習性について考えてみた
2008年4月30日 カテゴリ:ワシでよければ
ワシは今までもテキトーに生きてきたし、
これからもテキトーに生きていくのだろうが、
やはり人生にせよ何にせよ自己検証なり、
裏付けが必要だなと感じるようにもなった。
これはこれからの課題である。
身の回りの出来事も、ふ~んと流すのではなく、
頭で考え、咀嚼し、時には検証も必要だと考えるようになった。
我ながらなかなかの進歩である。
というわけで今回、人の習慣とはどれくらい強固に
身に付いているかということを検証してみたくなった。
突然そう思ったのである。
ある日突然自分のライフスタイルを変えたとしよう。
人それぞれ思うところや理想があって、
それは自分なりの進歩であったり、
社会への前向きな思いだったりすることも多い。非常に素晴らしい。
しかし人は悲しいかな、長年身に付いた習慣は
そう簡単には体から出て行かない。
自分が変わろうとすればするほど、
染み込んだ習慣によって脳みそとは別の動きをしてしまう。
ある日の昼食。我々アナウンサー&ディレクター陣が
こぞって某中華料理店に集結していた。
円卓を囲む9人。キャパは6,7人だから、
飢えた9人ともなれば餌場に群がる家畜のような状況である。
その中に2人ほど最近環境に関心を持ちしばしば「エコ」「マイバッグ」
そして「マイ箸」を声高に叫ぶアナウンサーが含まれていた。
それまでは「エコ」などとはまったく縁遠い、
逆に環境を痛めつけることを平気でやってきた罪深い連中である。
心変わりか、それとも罪滅ぼしか。そんなことはいい。
果たして180度の変わり身に、彼らの頭とカラダは
付いていっているのだろうか?誰しも思う素朴な疑問である。
その2名はそれまでもさんざん過去の習慣に
本能的回帰をしてきた前科がある。
そのたびに失笑もとい大爆笑を買ってきたのだ。
どちらかといえば脳でモノを考えるのが苦手そうな二人である。
その日はそのうちの1人がワシの隣に座った。チャンスである。
注文をし、いつものように勝ち誇った顔で「エコ」を叫ぶW田。
「今日は絶対大丈夫ですからね。
このまえだって福谷さんもう信じられませんよねえ」と大口を叩く。
さあその大口はいつまで叩けるかな。ひひひ。
ワシは自分のところの「割り箸」をW田の前にそっとスライドさせる。
気付かぬW田。やがて料理が出始める。その刹那、
「あ~、誰ですか?割り箸置いたの。信じられなあ~い。
でもひっかかりませんよ。もう。」と叫ぶ。
失敗か。よし作戦を変えよう。高度な術を弄してやる。
気の緩んだ瞬間人は素に戻る。その瞬間だ。
何せ脳みそでモノを考えてない奴だからな。
何かに気を取られているときがチャンスだ。
料理がやってきた。W田のだ。今しかない。
ワシは反対となりのT橋ゆたかアナの割り箸を手に取り、
そっと料理が置かれるのにあわせて、W田の前にスライドさせた。
こうなったらこっちのペースだ。もう迷いはない。
空気が固まる。あたりを静寂が覆う。
何食わぬ顔で割り箸を手にするW田。他全員の気持ちが一つになる。
箸袋から箸を取り出す。そして両の手で箸の1本1本を上下に持つ。
「パシッ!」 割・っ・た!

そう。W田アナはまたしても「マイ箸」持参にもかかわらず、
長年の習性に屈したのだ。
こうしてワシの仮説は立証された。
「崇高な理想も長年の習性の前には題目でしかない」
しかしここで彼女も歩みを止めてはならない。
もう二度といかなるトラップにも落ちることがあってはならない。
彼女はいっそうの努力を誓い、タンメンに舌鼓を打った。
断っておくが無駄な割り箸を割ったわけではなく、
割ったのはT橋ゆたかアナのであるから、
きちんと使われたことを、断言しておく。






