2008年1月 アーカイブ

駅伝のヨロコビと反省点をマジメに考えてみよう

2008年1月30日 カテゴリ:ワシでよければ

駅伝中継も終わり、アナウンス部のロウドウシャ諸君も
年度末モードに入ってきつつあるようである。
駅伝中継準備中はパソコンルームなんぞを覗くと、
若い(?)ロウドウシャ諸君がガン首を揃えて
資料作りに余念がなかった。
皆自分のスタンバイでワシも
なかなか遊んでもらえないのでさびしかった。
 
というわけで駅伝のまとめを書こうと思ったのに
前回はなんだか鉄な話に終始してしまった。
どなたでもわかるお話ではあったと思うが、
なかにはなんじゃこりゃとお思いの方もおられようから、
ちいとは駅伝っぽいことも書いとこ。
 
実は当日第6中継所に観戦に来られた方の中に、
ワシとばあばら塚田の「アナウンサーのお仕事」をカメラに収めて、
わざわざ焼き増しまでしてお持ち頂いた方がおられたのだ。
しかも我が社の受付に写真のみを預け
「名乗るほどのものではござらぬ。失礼。」と立ち去られたとか。
なんと言う男気。今でもこんな方がおられたのか。
たまたま守衛室の方が車に書いてあった会社名を
憶えていてくれたので、すぐにお電話させていただき
簡素ながらお礼を言わせていただいた。
写真が趣味という方で、会社を経営されてる方だった。
ワシは決して褒められた仕事はできていないが、
この一件でなんだか良い一日を、
充実した時間を過ごせた気になった。
この場を借りてお礼を言わせてください。
本当に有難うございました。
で失礼かもしれませんがその写真、
無断でここに掲載させていただきます。
 
watanabe_080130.jpg
 
その実況中継の様子はご覧の通り。実に原始的。
会社のワゴン車のサンルーフから上半身を出し、
ガムテープで資料をとめて、右手にハンドマイク左手に資料で、
いつものように古着屋で166円のネルシャツに
1400円のダウンジャケットをまといモコモコのワシ。
そしてランナーのごとくスポーツウエアに身を固め
難しい顔してるが、実に気の利いた動きをしてくれる
頼れるサブアナ(褒めすぎだがホント)ばあばら塚田。
もちろん他にも、ここに映っていないが、
電波状況が悪く20分間以上送信機を
両手で高く掲げていた顔の濃いスタッフS、
ぎりぎりまで電波をいい状況にするべく
あらゆる手をつくした下松の夜の帝王K氏、
中継所手前1kmのところでやってくる選手を
無線で伝えてくれたバイトのロボコンO君。
それをすべて統括してくれた
「気がついたら椿峠越えて走ってました」
元陸上部の元ラジオディレクターで報道マンのTディレクター。
そういった人たちが一緒になって中継は成り立っているのです。
もちろん中継本部、放送車、他の中継所やゴール、
チェックポイントに多くの人がいて中継が無事終わったのであります。
 
それなのに戸田駅で電車鑑賞にうつつを抜かしていたワシ。
すまんのう。
来年もここの担当だったら、
珍しい列車のシャッターチャンスを逃さんように
すぐデジカメ出せるようにしておこう。
反省点は尽きない。どこが・・・。

2008年1月28日 カテゴリ:ワシでよければ

中国山口駅伝も中国電力3年ぶりの優勝で終わった。
よかったよかった。さすがニューイヤー駅伝2位の実力。
 
拙者はいつものように第6中継所担当。
我がアナウンス部早起き腹黒女王塚田アナをサブに、
自らランナーであり報道ディレクターの徹夜王T、
技術スタッフとして、ラジオ技術の全てとワシの若い頃の
恥ずかしい色んなことをを知り尽くしている制作会社K社長と
我がラジオ編制部で編成から技術まで
オールマイティープレイヤーにして妙に顔の濃いS、
それに中国山地から出てきて映画「ロボコン」に映っているらしい
学生バイトOのスタッフ総勢6名で選手を待ち構えた。
 
何せ最後のタスキ受け渡し実況であるにも関わらず、
現場入り8時なので5時間の待ち時間がある。
準備があるので決してヒマ持て余すわけではないが…
まあヒマっちゃあヒマなのかな。選手が来てないし。
 
なので当面やることやったら戸田駅まで歩いてみる。
駅伝とは関係ないけど駅っていい。
空気もいい。ニオイがいい。線路のニオイ。
最近は無人駅が多くなった。戸田駅もそうだ。
ただそのぶん気を使わずに列車を眺められる。
戸田駅では上下合わせると15分に1本は電車がくる。
これに貨物が加わる。楽しい。
 
とりあえずモハ115系2000番台を確認。
岩国から快速になるタイプの進行方向向きシート車である。瀬野行き。
はは~、最近は瀬野行きなんてのがあるんだよな。
昔は糸崎か岡山行きが当たり前だったが。
またモハ114系も健在だ。普通列車用ボックスシート仕様だ。
広鉄管内仕様カラーリング。紺色の帯が入ったやつね。
 
電車はいくら見ても飽きない。ひとしきり電車をやり過ごして、
宇部方向から乗って来て戸田で降りて中継所にやって来る選手に
話聞きながら駅を後にしようとしたその時だ。
徳山方面からEF65(非貫通型)に牽引された
ブルーの車体が目に入った。
ブルートレイン?いやこんな時間には来るはずがない。
よくよく見てみると行き先表示がない。回送車だ。
しかも廃車になるのかまたは輸出されるのかわからんが、とにかく
まっ昼間にブルートレインが6両繋がれて戸田駅を徐行していく。
選手をほっといてワシの魂(ソウル)は暫く24系B寝台車に奪われた。
 
 「こんな時間に出会えるとはね。
  よく来てくれたよ。有難う。」と心の中で呟く。
 
しかし無人駅というのはなあ、
何が来ようと何の案内もないのじゃ。さびしいのう。
車内では放送があるのだろうが、駅にも構内放送が欲しい。
 
「3番線に下り回送列車が通過します。ご注意ください」とか
「1番線に列車が参ります。白線まで下がってお待ち下さい。
 この電車各駅停車の瀬野行きです。岩国までは各駅に止まります。
 岩国からは快速シティーライナーになります。」
 
みたいな案内放送くらいは欲しいところだ。
合理化することでコストダウンがすすみ
運賃に好影響があるのだろうが、
ロマンと旅情が失われていくような気がして複雑か気分になる。
近いうち各駅停車の旅に出てみよう。
 
そんなこと考えているうちにやがてタスキ受け渡しの時間となり、
選手はまさに風のように走り去って行ったのだった。
まるで南を目指す特急「富士・はやぶさ」のように。

京福電鉄嵐山線

2008年1月25日 カテゴリ:ワシでよければ

昨日久々に「鉄」な話になったのでついでに続けてみるけど。
実はアナウンス部にも数名の「鉄ちゃん」がいる。
他の2名に関してはワシの比ではないマニアである。
ワシはどちらかといえば復帰すべくリハビリ中なのである。
たまに鉄道雑誌を買う程度で、最近は遠い出張もないし、
東名阪に帰省するわけでもなく、経済的に旅行する余裕もないので、
鉄道とは距離のある生活なのじゃ。
だからいったん火をつけられたら余計に燃え上がるのである。
 
ワシの「鉄」は小学校の時から高校くらいまでがピークであったから、
あの頃と比べて現在の状況は隔世の感がある。
大学時代と比べても、阪急京都線の特急停車駅が増えている。
今は茨木市、高槻市、長岡天神、桂、にも止まるのじゃ。
昔の急行と変わらないよね。特急の意味があるのか。
それはみなさんもよくご存知だし、
疑問をお持ちの方が多いのだろう。
しかも新しい9000系セミクロスシート仕様である。
これに関しては皆さんはイマイチと思われるだろう。
ワシ的にも6000系の特急仕様が懐かしい。
皆さんの中でも実はこっちのほうが
お好きだって方が多いと思いますが。
 
ワシが住んでいたのは嵐山に程近い「車折(くるまざき)」というところ。
そう知っての通り、近くに京福電鉄嵐山線、
通称「嵐電」の「車折」という駅がある。通学に利用していた。
ご存知のとおり、嵐山から嵯峨駅前、鹿王院、車折ときて、
有栖川、帷子ノ辻。
帷子ノ辻駅舎2階から上はかつてはジ○○コで、
昼間は閑古鳥鳴いていたのは、
言うまでもなく誰でも知ってますよね。
ここから当然北野線に乗り換え。常盤。
常盤では丸太町通りを横切るので
発車の直前に信号が変わるとうっとおしかったよね。
んで鳴滝、高雄口(現在は宇多野)、御室(御室仁和寺)、妙心寺、
竜安寺道(竜安寺)、等持院とくる。ここで降りれば我が母校は近い。
 
で次が終点北野白梅町。線路沿いを道路があって
時々電車とかけっこする全力疾走のガキがいたもんだ。
マラソン中継のとき沿道を
ケータイ片手に同じ速さで走る兄ちゃんみたいに。
 
ところで本線である嵐山線の帷子ノ辻から先は、
もう言うまでもなく太秦(太秦広隆寺)、蚕ノ社、山之内、
西大路三条、西院(「さい」)、四条大宮ね。
特に蚕ノ社から三条までは、実は路面電車となっている。
京都は25年前に路面電車が廃止になったが、
それは市電のことであって、
嵐電では西大路までの三条通ので路面電車が現存する。
意外と知らなかったでしょ?
 
車両は皆さんすっかりおなじみのモボ101,111,112が中心であった。
今はモボ501、611なんてのがいるんですよね。
ワシ的には皆さんの多くがそうであるように
111系が懐かしくて良いです。
木製の内張りが非常に良かったと思いませんか?
貴方はどの車両が好きですか?

駅伝と鉄

2008年1月24日 カテゴリ:ワシでよければ

ワシらアナウンサーやディレクターやその他スタッフ一同、
27日の中国山口駅伝中継モードに入っておる。
連日連夜遅くまで居残りして、準備に余念がない。
アナウンサーに関してはチームや選手の資料作成であるからして、
膨大で種種雑多なデータなどをまとめて
自分なりの書式にまとめていく作業だ。
パソコンを駆使する者もいれば、手書きにこだわる者、
しかも油性の太ペンを使う者、しかも異様に筆圧が高い者、
いろいろである。筆圧が高いのは体育大学出身者の習性なのか。
というと誰かわかるけど。
 
ワシは、マラソンは手書き(筆圧は普通)だが、
駅伝はパソコン派である。
駅伝はリレーであるからチームとしてもぎりぎりまで
分担に苦慮するからだ。
土曜日の午後にやっとオーダーが出てくるので、
パソコンならデータを入れ替えたりが簡単だからだ。
なんも考えてないようで考えてるのである。ひひひ。
 
こういう繁忙時、集中して作業しなければならないときほど、
いろんなことに気が散るのだ。昔からそうだ。
期末試験で切羽詰ってる時に限って、
イケナイ本に手を出してしまうみたいなものだ。
これがオッサンになった今も変わりないちゅうこと。
子供の頃から、葬式の最中に正座してるお坊様の足袋の足が
むずむずさせているだけで爆笑がこみ上げてくるタイプだからの。
今はまさに「笑ってはいけない!駅伝準備編」だ。
「渡辺、福谷、アウトォ!」とかいって
黒子に尻をしばかれそうである。
なので準備が山積する中、
急に鉄道マニアなワシが鎌首をもたげてくる。

そういえば近々「北斗星」も減便になるんだな。
ブルートレインはかつて首都圏や関西圏と
中国九州を結ぶドル箱であった。
今は「あさかぜ」も「さくら」もない。
残っておる「富士」「はやぶさ」も風前の灯らしい。
関西圏に向かう「なは」なんかも消える運命らしい。
そして東京と北海道を結ぶ「北斗星」までもか。
またひとつ文化が廃れてゆく。
わが国から皆さんすっかりおなじみの
24系や15系客車が消える日も近いのか。
 
一方、皆さんも大好きな285系電車寝台が開発され
「サンライズ出雲」「サンライズ瀬戸」が走るようになり、
これからの趨勢かと歓迎したものだが、
結局更なる増便や、車両切り替えが進むのかと期待したが、
それ以上の新顔登場は今のところないのは周知の通り。
 
あ、そういえば阪急電車では数年前に
京都線特急車両9000系が走り始めましたよね。
皆さんのなかでお馴染みだった6000系は過去のものになるのか。
反面皆さんが愛してやまない2000系や3000系も健在で
特に嵐山線などで元気に走っているぞ。
なんてついつい画像を探してしまうともうおしまい。
上桂の閑散としたホーム、松尾の踏み切り、嵐山駅の列車止め・・・。
懐かしすぎる。時間が止まって感じる。
2000系なんかは昭和40年頃から走ってるでしょ。
皆さんも嵐山行くなら阪急京都線で梅田から特急乗って桂下車、
一番山側のホームから嵐山線が出てるので、
ほれで行ってみてくださいや。
10分程度ですがローカル線のたびが楽しめます。
 
って、これで貴重な時間が1時間2時間と過ぎていくのじゃ。とほほほ。
なお次回は京福電鉄北野線の巻です。ほんまかいな。

成人の日は過ぎたが

2008年1月16日 カテゴリ:ワシでよければ

朝から金メダルを首から提げて威張って歩いている人を見た。
縁起がいいのかも。
昨夜の「チャンプル」でワシの母校である、日本のUCLA、
「高水高校」のチームが出るというので、
夜勤を終わってからソッコー帰宅してちゃちゃっと入浴して、観た。
 
昔はバンドじゃ、ギターじゃあて言うとったが、今はダンスなのだね。
高校の校舎はあんまし映らんかった。
タ○コ隠していた上の体育館や、○○○していた部室も映らんかった。
昔犬が時々人○くわえて出ていた洞穴のある小山やら、
駅までショートカットできるウラ道へのあたりがかろうじて見えた。
小山のあたりで野球部練習中の打球を顔面に食らったことがある。
なのでワシ的には100%満足ではなかったが、
ダンスを習ってる教室なんかがたくさん映ってた。
小学生くらいの子供たちもたくさんおるのだね。
いまやダンスも習い事なのか。
 
そういえばバンドにしても
「ギター」「ベース」「ドラム」なんかもちゃんと教室がある。
そうやって基礎を学べるのはいいことなのだろう。
ただそのあとだ。
ダンスにしろバンドにしろ、ある程度できるようになったら
ユニットやバンドを組むわな。
そこからはもう大人たちのお膳立てではなく、
是非自分たちで仲間を見つけて、
自分たちで発表する場を見つけて欲しい。
今回の彼らも自分たちで考えて
自分たちで判断して頑張ってきたようだ。
ダンススクールでの彼らはいっぱしの大人だった。
だからこそオリジナリティーが出せて、
人々に感動を与えられるのだろう。
 
最近は子供の趣味の世界でも親掛りってことが多いと聞く。
高校生くらいでもだ。
よほどの事情がない限り、もうやりたければ
自分で勝手に行って勝手にやったらいい。そのほうが伸びる。
せっかく大人になるプロセスを親が奪ってはいかん。
すくなくとも親や大人の掌で転がるのは止めたほうが良いし、
大人もそんなお節介はやかないほうがいい。

カラダの神秘と隠居

2008年1月11日 カテゴリ:ワシでよければ

昨日の続き。年齢を重ねることによる体の変化。
まあ当然弱ってくるのはしょうがない。
もう夜なんかスゴく弱い。夜「起きてる」のが弱いのだよ。
まずおよそ21時~22時に眠気の山が来る。
昔はこれを越えたらあとは平気だったが、今は違う。
更に高い山が次から次へとやって来る。
だからもう飲みなんかの時は帰って寝るしかないわけだが。
しかしビジネスマンのワシ(どこがじゃ)は、そうはいかん。
いつもお先にドロンてわけにはいかないので
何とかボーっとしながらも付き合う。
そするともう1週間は睡眠不足と疲労感による
カラダとココロへのダメージを抱えて生きなければならない。
ずっとだるくて頭がボーっとしとるまま。
ただでさえ普段の午後も頭回らないのに、完全な仮死状態に陥る。
 
そんなワシが、実は睡眠不足の元凶である「夜勤」のあと、
相当のダメージを持って次の日出社に及ぶ。
ところがそんな日に定例の会議への出席が待つ。しかも1日2回。
ワシ立場的に相当ヤバいと思う。
 
更に言えばそんな夜遅くなった時、
特に飲みのときはアルコール飲まない代わりに
ウーロン茶なんかをしこたま飲みますわ。
そうするとろくに寝ても居ないのに朝4時半とか5時とか目覚める。
トイレである。情けない。しかし量的にもすごい。
そんなこたあどうでもいいですね。
これも昔はなかった。
昔は寝るだけ寝たくって、オネショしないのが
不思議な状態で目覚めていたもんだ。
 
ところであと2ヶ月でワシも40代とおさらばじゃ。
おつむの中はまったく実年齢に追いついてないが。
昔なら平均寿命でもり、隠居できる年齢である。
長屋のご隠居で悠々自適に暮らせるはずなのに、
何故かまだまだストレス社会に身をおき続けなければならない。
なので今年も絶対に無理などせず、
言いたいことを言うて、行きたいとこに行き、
アナウンス部のご隠居として迷惑をかけまくろうと思うのである。

変なところに○○

2008年1月10日 カテゴリ:ワシでよければ

ワシの周りの同年輩は近年軒並み老眼がキテいて、
その話題もちきりである。
もともと近視があるヤツは老眼が遅いという俗説があるけど、
果たして本当かどうか。
でも目の良い友人が40そこそこで「老眼きたあ」とぼやいていたが、
近視だったやつはワシも含めて40台終盤に来るようだ。
かく言うワシも去年くらいからである。
普段近視のメガネ掛けてるけど、その状態で近く見る時、
あれっ?みたいなことがあるのじゃ。
 
なんとなくケータイメール打つとき少し離さないと見えにくい。
寝る前に文庫本読む時、心なしか見えにくい。
MDのラベルに小さい字で曲目書くときせんない。
印鑑の上下を判別する時
知らず知らずのうちに印鑑を離して見ている。
日付入りのハンコの日付を変える時見えにくい。
 
でもそういうのを顔から離してやると
いかにも老眼ですみたいで、まだ恥ずかしいので、
見える振りして普通に持ってやってしまう。小市民なワシ。
かと思えばまったくそんな気配もなくちゃんと見えるときもある。
人体の神秘。
 
また45を過ぎた頃だろうか。
変なところから毛が生えてくるようになった。
ホクロから何故かひょろひょろの毛。
眉毛の中に不自然に長く伸びる毛。
ほっぺたの真ん中にまで侵食する毛の一団。
あげくに耳毛。耳毛といえば川内康範氏か。関係ないけど。
無駄毛の処理も大事な日常になった今日この頃。
 
風呂に入ると正体不明なものが浮くようになったのは
もう少し早かったと思う。
一番風呂だからたぶんワシの体に引っ付いていたものだろうと思う。
繊維でもなく有機物でもなく固形物でもなく未知の生物でもなく、
何なんだ?
 
年齢が増すということは謎が多くなることなのだ。
と悟った2008年であります。

たびたびぐるめ みみがダンボ 鉄な私の巻

2008年1月 9日 カテゴリ:ワシでよければ

番組中思わず口走ってしまって後に引けなくなることも少なくない。
こともあろうにワシの場合、
「今年は一人旅に出る。しかも北に。」
なんてついつい軽口を叩いてしもうた。
正直見通しは立たない。金銭的にもスケジュール的にもだ。
でも本音は「行きたい」。
それだけで宣言してしまっただけ。根拠も何もない。
 
かつてこのワシもご他聞にもれず鉄道マニア、通称鉄ちゃんだった。
てか今も比較的そうだ。
寝台列車に乗ると寝るのがもったいない、
昼間は車窓からの眺めをずっと見ていて飽きない。
車両に乗っている間、
その車両の空気感を120%感じていないともったいない。
値段のぶん乗車している実感がないともったいない。
モッタイナイデス。MOTTAINAI。
 
パソコンの投稿画像でも
「阪急電車嵐山線運転席からの展望」とか
「京阪電車出町柳駅案内」とか
「阪急9000系試運転」とか
「広島駅を出るはやぶさ号」みたいのばっか観てる。
今583系の車内の映像を探しているがなかなかない。
そんなこたあまあええ。
 
だから死ぬまで1人旅が夢であり続けることは間違いない。
何故「一人」なのかというと、
家族や友人ではワシの鉄好きなペースに
付いて来れないからだと思うからである。
 
とりあえず大雑把な目論見としては、徳山あたりから
普通列車(鈍行といってはいけない)で大阪まで行き一泊。
大阪からは特急雷鳥で北陸に向かう。183系ではなく、
できればまだ乗ったことのない「サンダーバード」で富山まで行こう。
富山から能登半島を北へ向かおう。もちろん普通列車で。
七尾に友人が居るので呼び出して
美味い海産物をおごってもらおう。しめしめ。
そこで一泊して今度は敦賀まで戻り船で小樽へ。
新日本海フェリーだ。船や航空機も大好きなのだ。雑魚寝で結構。
船の中では出稼ぎを装って、北海道においてきた
老父母と幼い娘に会いに帰るなどと言ってやろう。
気分は田中邦衛か。「クタクツネッ(キタキツネ)…」…関係ないか。
ワンカップ○○とチクワが似合う。
しわしわになったスポーツ新聞も必需品だ。
帰りは寝台特急北斗星のB寝台一人用個室で上野まで。
東京からはこだまで新大阪まで。
大阪からは新快速で姫路まで。
姫路から広島まで新幹線こだま。
広島では当然聖地市民球場で
1塁側内野自由席最上段赤い看板前、通称渡辺シートで観戦。
その後高速バスにて周南へ戻る。
もしくは東京から夜行寝台特急電車サンライズ瀬戸出雲で岡山へ。
岡山から普通列車で広島へ。
広島からは前述の通り。
 
土産なんぞ買ってはいけない。ただそこへ行って風景を眺めてくる。
行ったという事実と、そのプロセスだけが大事なのだ。
その空気がワシのピュアなハートに焼き付けられていればええ。
ははは。なんてロマンティックじゃ。
「なぜかロマンティック、止めてロマンティック」
歌うと全然ロマンティックでないのう。
 
久しぶりに一番デカいタイプの時刻表でも買って
旅のシミュレーションでもするか。
ときにW田アナは正月に上海に行ってきたようだが、
あのホテルの木の桶の風呂
あれどうみても昔の棺おけに見えるのはワシだけだろうか?

1月5日の変

2008年1月 8日 カテゴリ:ワシでよければ

今年の正月はもうええっちゅうくらい寝ちゃろう思うて、
本当に寝てるか食うてるかテレビ観てるかの、
ただそれだけの休みを送ってやったぞ。ざまあみろじゃ(誰に)。
 
その合間に2日は出社してお仕事。ただ体と頭はお休みモード。
何とか叩き起こして立派に(?)ニュースやら天気予報を済ませた。
 
それから問題の5日。早朝より土朝。
やはりお休みモードのドタマを叩き起こして鞭入れまくり、
全開で行かねば死ぬみたいなテンションで、空回りも数々。がははは。
 
ほいでもって夜6時からは満を持して「中四国ライブネット」。
新年一回目が我がKRY制作とあればこりゃ派手にかまさんといけん、
ちゅうことでついつい調子に乗る典型的末っ子なワシ。
まずゲストはようけえおらんといけん。
山口県出身タレント総出演にしてやる。見ておれ。
ワシの持つコネクションがこーゆー時にモノを言うのじゃ。
て言うほど大したこたあないが。
 
原田大二郎氏 松村邦洋氏はまずOKを頂いた。せめてあと1人。
そう流行語大賞にもなったあの男だ。
そこでさらに我がコネクションがボディブローの如く効いてくる。
少し遅れて、そう波田陽区氏から了解がでる。
お三方とも当日は地元にいないので電話での出演であるが、
そりゃあもう関係ないのじゃ。
 
そしてスタジオはワシと埼玉の魔女ばあばら塚田、
そして満を持してワシが説得した(電話したその場で即決だったが)
小野田出身でかつてのラジオネタ職人で
今やだいたひかるなどを担当する作家で
かつ動物写真家のやきそばかおるというふざけた名前の男。
スタジオはこの3人による進行。
更にここに宇部市在住、住職にして落語家、
ミュージシャンの佐々木真人氏がひとコーナーからむ。
 
さあ番組が始まる。
これだけのゲストを入れて
中四国全体のリスナーからくるコメントを紹介しつつ
なおかつ曲もかけねばならん。
福井恭子 水津香織リポートも入る。いったいどうなるのか。
まったく想像だにできぬまま番組は進む。
すごい。凄すぎる。ムチャクチャ忙しいなんてものではない。
調子に乗ったワシのせいだ。
でも賽は投げられている。もう引き返せない。
電話出演の3人とスタジオの1人のゲスト計4人は限りなく自由だ。
だから面白い。すげー面白い。
なんて楽しんでもいられないワシが片方にいる。何なんだこれは。
途中からは番組の進行の約束事などあってなきが如し。
ばあばら塚田の領域も勢いで侵す。
仕切れ、仕切るんだ、と天から声がする。
しかし矢継ぎ早にゲスト→コメント→やきそば→ゲスト
…こなさなければならない。
余りの忙しさにふと我を忘れ妙な邪念がわく。
そこには少し後悔するワシ。
こんなに何人もゲストに声かけるんじゃなかった。
おっと正気に戻る。いやいやそれは余りにも失礼。
何てこと考えてるんだ。ワシのバカ。進めなければ。
 
松村邦洋君の貴乃花、松村達雄はもう絶品。大爆笑。
原田大二郎さんさすがのトーク。
天然素材炸裂かと思いきやキチンと締めてくださる。
波田陽区さんいきなり自虐ネタで斬りまくり。
最後までそのスタンスをはずさないところはさすがだ。
佐々木真人氏は抜群のトークと歌。
内容的には「かなり贅沢銀の○○」だ。
やきそばかおる君は絶妙のタイミングで
気の利いたトークをスパイスのようにくれる。
ばあばら塚田もワシがグダグダな分、
押さえところをキチンと押さえてくれる。
有り難いの~。みんないい人や~。って感動していたら
もうわけわからなくなってさらにワシもうグダグダ。
 
怒涛のように2時間が過ぎた。
番組後食事とる時もまだ動悸息切れが止まらない(ちと大げさ)。
あんなの初めて~。
皆さんは楽しんで頂けたかしらん。
ワシはグダグダ、エネルギーも消耗し尽くしたけど、
少なくともワシは楽しかったぞ。それでいいのだろ~か?
これでいいのだ。ははは。
 
かくして2008年初頭を飾る一大ページェントが
ワシの体の上を通っていったのさ。

年頭のご挨拶

2008年1月 4日 カテゴリ:ワシでよければ

2008年の年頭に当たり一言ご挨拶申し上げます。
 
今年は年末からしっかり休んだため、
いまひとつ労働意欲に火のつかない年始ではありますが、
明日5日土曜日18時から20時の「中四国ライブネット」(ラジオだよん)
があるので気合を入れていかんといけない。
大物ゲストの出演を予定しておりますのでお楽しみに。
年始なので好きなようにやりかまさせていただきやすぜ。
取り急ぎ今から動かぬ頭にムチを入れて
やる気を出さねばなりません。
 
正月は餅とお笑いと駅伝というわけで、
今年はテレビの前で思いっきり
「観るロボット」と化して何もしないで、
「○○電力~!」とか「○○ボウ~!」とか
「○稲田大学う~!」とか応援していた。
ニューイヤー駅伝では最終区の1位2位アンカーは
二人とも山口県人だったのでいささかコーフンした。
「都の西北」が大健闘だった箱根は面白かった。
こちらも山口出身の選手が走るとなんだかうれしいものである。
「都の西北」の山口県人は残念ながら出場はなかったが、
力のある選手だけに来季は実業団ランナーとしての活躍を
信じてやまない。
 
ほれから高校サッカーよね。高川学園が今のところベスト8。
あとひとつで国立競技場だ。
これまでの試合全部興奮したど。何とかいってくれえ。
ワシとタメの白井監督が
いつもの年よりも貫禄があるように見える。大丈夫じゃ。
 
そんなこんなで今年もくだらないグダグダ話と
役に立たない情報と聞くに堪えない愚痴を
ダラダラ綴らせて頂きます。