2014年9月 アーカイブ

ユーモアのセンスd(=^・ω・^=)b

2014年9月25日 カテゴリ:ブログ

♪~秋晴れの 空を見上げて 深呼吸~♪

リスナーの皆さんに助けて頂きながら、
月曜から今日までの4日間、レディース・トークを
お届け出来て、二人(池内&山本)とも、ほっとしています。


番組が終わる頃には、爽やかな秋晴れが広がっていて、
「お疲れさまでした!」と言ってくれているようでした。
(*⌒▽⌒*)

8時15分から、2人進行になった時、
恭子さんが、文化庁の国語世論調査の結果を見て、
「言葉」「言葉遣い」について話をされたのですが、
そこから、「山本家では・・・」と面白い言い回しを紹介、
いきなり「池内さん、この意味は何だと思いますか?」
と振ってきて・・・えーっ?!必死で考える私。
(゚Д゚≡゚Д゚)

「真剣に考える池内さんを見ているのが楽しくて・・・」
ニヤニヤ笑いながら、どんな答えが返ってくるのか?
嬉しそうに待っている恭子さんです。<(*ΦωΦ*)>
いたずらっ子のような目をして・・・(*´艸`*)


そんな恭子さんの面白がり精神?(・∀・)
笑いを演出するコツ?d(=^・ω・^=)b・・・のようなものを、
私は、いろんな場面で発見しました。(*⌒▽⌒*)


「のむのむちぇいよぅ」→「飲みましょうよ」
「ちゃんこちぇいよ」→「お座りしようね」
「かちこ」→車に乗ったらシートベルトを!
「おしす」→「お寿司」(笑)


お子さんが幼い頃に使っていた赤ちゃん言葉が
そのまま、山本家だけで通じる言葉に成長させた?
我が家だけの共通語にしているなんて微笑ましいですね。

それにしても「ちぇいよぅ」は中国語かしら?と
思いましたよ!「~しようね」という意味だなんて・・・


リスナーさんから頂いたメッセージを紹介する時も、
恭子さんは、どこかに自分流の笑いのセンスを入れたい!
と、いつも頭の隅においているような気がします。


一方で、昨日今日は、
悲しい事件に関するメッセージも頂き、
紹介する時は、あまりの残酷さに、怒りも爆発、
涙ぐむシーンもありました。勿論、私も同じです!


生放送は、素のままの自分が出ることが多く、
恥をかいてばかりですが、失敗も笑いに変える、
茶目っ気たっぷりのユーモアセンス、私にはなくて、
恭子さんには、いっぱいあるなぁ・・・と思う4日間でした。


最後に、おまけを一つ・・・

一緒に食べた「今日のランチ」で
刺身に「はすいも」が添えられていたのですが、
恭子さんは、初めてだったみたいです。(☆o☆)

肉じゃがの隠し味に、バターが使われていたのも、
新しい発見で、とても嬉しそうでした。(人*´∀`)

秋晴れと、美味しい新米と、心のこもったご馳走が、
私たち2人の疲れをとってくれました!!\(^o)(^0^)(o^)/
(池内記)

祝15周年!\(^o)(^0^)(o^)/

2014年9月24日 カテゴリ:ブログ

よく知っている人にインタビューするのは難しい!
距離が近過ぎてもリスナーさんは引くでしょうし、
遠過ぎると、ゲストさんが話し辛いと思うので・・・。


「県人アワー」(月・火)に出演して頂いた
弘中百合子さんは、周南市八代の出身です。
KRYラジオ・テレビで活躍した後、東京の出版社に勤務、
編集の仕事を続けるうちに・・・
「自分がつくりたい本を作りたい!」と思うようになり独立、
出版社「ロゼッタストーン」を立ち上げ、
先月創立15周年を迎えました!!\(^o)(^0^)(o^)/


実は、そんな彼女、私にとっては、可愛い後輩の一人で、
妹のような存在でもありました。\(^∀^)メ(^∀^)ノ
KRY時代は、仕事を離れて、プライベートでも
お付き合いがあり「百合ちゃん!」と呼んでいたのです。


山あり谷ありの15年・・・去年出版された一冊の本が、
百合ちゃんを救ったということ、
今回のインタビューで知りました。(*⌒▽⌒*)


芦田宏直・著
「努力する人間になってはいけない
 -学校と仕事と社会の新人論」
今も増刷が続いているほど、読まれている本です。
更に、ロゼッタストーン15周年を祝うのにふさわしい
本も、10月8日(水)に発売されます!!\(^0^)/

徳山高専准教授 小川仁志さんが初めて書かれた
児童小説「自由の国 平等の国」です。


小川先生は、周南市内で「哲学カフェ」を
主宰されていますが・・・・・
小説は、小川先生の小学生のお子様たちにも
分かるように書かれ、「自由と平等」について
解説も加えていますから、
大人には、哲学入門書になるような1冊です。

予約をすると、
「博子さんがお買い上げ1号」と喜んでくれました。


周南市にこんな素晴らしい方がいらっしゃったとは!
と、百合ちゃん、番組でも、小川先生の偉大さを
熱く語ってくれました。(っ`・ω・´)っ
同郷人ということもあって意気投合したようです。


最後に、八代のご両親にひと言・・・と呼びかけると、
「公共の電波を使って良いのかしら?」と照れながらも、
「新米がとれる頃だからお米を送って下さ~い!」
「八代のお米はとっても美味しいんですもの(人*´∀`)」と。


「20周年を迎える頃には、お世話になった人たちに
恩返しが出来る会社にしたい!!p(^-^)q」という
健気な百合ちゃんを、ふるさと山口県から応援したい!
と、強く、強く、思ったのでした。\(^0^)/


放送後、ご両親は、すぐに新米を送られたと聞きました。


「県人アワー ふるさと de つなごう!」
私たちの想いが届いた気がして、とても嬉しいです。

(池内記)

レディースウィーク絶好調!!

2014年9月23日 カテゴリ:ブログ


今週は竹重アナウンサーがお休みを頂いているので、
月曜日~木曜日は、
池内さんと山本のコンビでお届けしています。
普段担当している曜日
(山本=月・火、池内さん=水・木)は、
いつもの自分のパート、
そうでない曜日は、竹重アナのパートを担当します。

ぶっちゃけ、普段の担当部分は
第1部(6:55スタート)ですから"入り"が早い!
前夜の深酒はもちろん禁止、
超早寝でのぞまなければなりません。
正直眠い、のであります。
一方、タケちゃんのパートは8:15スタート。
"入り"は、1時間以上遅くても間に合います。

これ、どちらが気持ちが楽だと思いますか?

聡明なアナタは、もうおわかりですね(^.^)
もちろん"いつものパート"でございます。
イレギュラー、しかもメインの重圧というのは、
ナマナカなものじゃーございませんことよww

...などと言いつつも、毎朝ルンルンで(古ぅ!)、
思いっきりイレギュラーを楽しんでいる池内・山本コンビ。
(今回のユニット名は『パイナップル☆プリンセス』!!)
ぜひ、メッセージ&リクエストで
仲間に加わって楽しんでくださいませ。

どうぞごひいきに~♪
((o(^∇^)o))

(山本記)

軒先ふるさとあったか便

2014年9月18日 カテゴリ:ブログ

昨日、今日と「県人アワー」にご出演頂いた
平尾祐子さんは、東京と阿武町の架け橋に
なっています!!\(^o)(^0^)(o^)/


幼い2人のお子さんがいて、子育て真っ最中ですが、
毎月第3土曜日(今月だけ第4土曜日の9/27)、
東京浅草のお米屋さんの軒先を借りて、
阿武町の野菜や物産などを販売しています!d=(^o^)=b


阿武町とのご縁は、大学卒業後、仕事で訪れたのが始まり。
特に「福賀地区」に魅せられたそうで、
コンビニもない、信号もない、「ザ・田舎」なのに、
外に開けた町、魅力的な町という印象を持ったそうです。


結婚して東京で暮らすようになって5年経ちましたが、
2011年、平尾さんが初めて出産!という大変な時に、
あの<東日本大震災>を体験しました。


東京では食べ物パニックもあり、恐ろしくなり、
平尾さんは、東京を離れよう!!その避難先に、
<阿武町の知人宅>を!思いついたのですね。
阿武町で農家民宿をされている白松さんご夫婦を!


山口県で農山村を周りレポートをしていた時に出会い、
それ以来、家族同然のお付き合いが続いていたそうです。


二人目のお子さんが生まれて、東京でも「ママ友」が増え、
色々な活動をしていく中で、平尾さんの心には、だんだん、
「阿武町に、何か恩返しがしたい!」という思いが募り、
お世話になった白松さんにもご協力頂いて、
「軒先ふるさとあったか便」を立ち上げることになりました。


グループのメンバーの中に「お米屋さん」がいたので、
その軒先をお借りすることが出来たそうです。(人*´∀`)

ママさんたちは、みんな元気で、行動的です!!
売り上げを貯めて、今年3月に阿武町ツアーも実現。


東京のママさんたちは、ふるさとを持たない人が多いので、
阿武町へ来て、「いい意味でこんな良いところが、
まだあったんだぁ・・・」と喜んでくれたそうです。(*⌒▽⌒*)

そして、みなさん、道の駅では、あれもこれもと、
いっぱい買って、パック詰めにして送ったそうですよ!


平尾さんは「『都会では何が求められているのか?』
 これからの参考に、リサーチすることが出来ました!」
と、別の意味で喜んでいらっしゃいました。(*⌒▽⌒*)


海の幸も、山の幸も、安くて新鮮!!(≧ω≦)
阿武町産の品々が、東京浅草のお米屋さんの店先に
並んでいるのを想像して下さい!!

○○さんのメロン、○○家のほうれん草、キャベツ・・・
のどぐろ開き、金太郎丸干し、あらめ・・・などなど。
珍しいものが並ぶので、阿武町産は浅草でも大人気。


平尾祐子さんの「東京と阿武町を結ぶ」活動は、
これからも、仲間たちと共に、続きます。
そして、平尾さんは、阿武町に限らず、
各地の田舎のことを、真剣に考えておられます!


その声からも癒される人でした。(〃▽〃)
毎週月曜日更新のポッドキャスト、お聞き下さい。
(池内記)

率先避難者になろう!

2014年9月11日 カテゴリ:ブログ

東日本大震災から、きょうで3年半、
今朝は、防災士・学校防災アドバイザーの
幸坂美彦さんを、スタジオにお迎えし、
「暮らしのファイル防災SP」だけでなく、
9時台、10時台の各コーナーをお休みして、
家庭や地域での防災・減災に役立つヒントを伺いました。
140911.jpg

幸坂さんは、学校防災アドバイザーとして、
幼稚園・保育園、小・中・高校の避難訓練にも立会い、
「いざという時・・・先ず何をするのが良いか?」
「グラっときたら・・・さっ、避難!!(っ`・ω・´)っ」
「両親は仕事、家には子どもたちだけという場合でも、
日頃から、避難場所を知っておけば慌てない!
避難ルートは5ヶ所以上知っておく方がベター!」

その避難訓練も、マニュアル通りに行うだけでは、
いざ!という時に、役に立たないこともある!!

考えて行動しないといけない部分を一つ入れるだけでも、
その訓練は、行った意味がある!!(っ`・ω・´)っ

幸坂さん、学校防災教育では、
「避難行動は、おはしもち」と教えているそうです。

お:押さない(人を)
は:走らない
し:しゃべらない
も:戻らない
ち:近づかない

子どもは好奇心旺盛、興味あるものに近づいて
危険な目にあうこともあるので要注意!!(。・o・。)ノ

先日、幸坂さんが幼稚園の避難訓練に立ち会った時、
カッコ良いバイクが止まっていて、男児がマフラーに
ほんのちょっと触っただけで、やけどを負ったそうです。
止まったばかりで、まだ熱を持っていたのですね!!

近づかない!!(>_<)
熱いっ!体験をしてしまった男児はかわいそうですが、
居合わせた子供たちは「近づかない!」ことを
少し、理解したのではないでしょうか?

山陽小野田市のチャーミーさんのメッセージには、

今から40年前、叔母といとこを裏山の土砂崩れで
亡くしました・・・それも一度危険を察知して屋外に出て
いたのに、何か大事なものを思い出したのか?
家に戻って・・・二人が入ったと同時に家屋ごと埋もれて
しまいました。豪雨の時期になると思い出す・・とありました。

戻らない!(>_<)自助のポイントですね!!

逃げられない!と思ったら、家の中で一番安全な場所に!
自宅が危ないと思ったら、近所の頑丈そうなお宅に!!

ひょっとして「うちは大丈夫」と思っていませんか?
今回の広島でも「あれだけの雨でうちは崩れなかった
からもう大丈夫」という話も聞いたと幸坂さん、
それが積み重なって被災体験が風化して行くのでは?

リスクを知って共有するところから、地域の防災は始まる!
率先避難者になろう!具体的にイメージ出来ましたか?
(池内記)

カタリベたち

2014年9月10日 カテゴリ:ブログ

今朝の暮らしのファイルは、
詩人のアーサー・ビナードさんに特別出演して頂きました。
(マルク・レールさんお休みのため)

アーサー・ビナードさんは、今から13年前に、
詩集「釣り上げては」で、中原中也賞を受賞され、
山口でもファンが多い詩人のお一人です!\(^o)(^0^)(o^)/

今朝も「僕のすべては山口から始まりました。(^-^)」
「毎晩、山口の方へ足を向けては寝られません(^o^)」
と、ジョークをまじえてご挨拶され、インタビューに、
入り易い雰囲気を作って下さいました。(*^-^*)

そんなアーサー・ビナードさんが、ずっと温めてこられた
「ヒロシマの原爆」をテーマにした、写真絵本
『さがしています』が、去年、出版されました。

時計、弁当箱、軍手、めがね、靴・・・など遺品14点が、
写真で紹介され、そのモノたちが語るような感じで、
アーサー・ビナードさんの詩が添えられています。

より強烈に「原爆の残酷さ、戦争の悲惨さ」を
語っているような気がします!

アーサー・ビナードさんは、おっしゃいました。

原爆資料館に通い、モノたちを見つめていると、
その「モノたち」の声のようなものが感じられて、
それで、無謀なことかもしれないけれど、
その声が聞こえる可能性があるなら・・・
僕は「通訳」になれるかな?と思った!と。

そして、その想いが一冊の写真絵本となり、
その本を通して、「ピカ」「ピカドン」の怖さを
私たち読者に伝えようとしているのです。

アーサー・ビナードさんにとって、一番大きかったのは、
ヒロシマのことを語ってくれた女性が「原爆」という言葉も、
「原子爆弾」という言葉も使わなかったこと。
「核兵器」とも言わなくて「ピカ」と表現したこと。

アメリカの学校で教わり、何も考えずに使っていた
「原爆」「原子爆弾」は、英語からの直訳であって、
体験した人の立ち位置も感覚もない!!
「核兵器」はもっと上から目線である!!

「ピカ」は体験した人の立ち位置、
その言葉を使うことで、僕が体験していないはずなのに、
その言葉を通して、そこに立てる。

ヒロシマに立って、「ピカ」という言葉を頂いて、
それをレンズにしたことから、すべてが始まった。
『さがしています』も、この「ピカ」から始まった!と。

写真絵本には「ピカアアアアアっと」という表現が、
何度も登場します。こういう思いがあったのですね。

アーサーさんは、遺品に寄り添っています。

リスナーさんから、子どもたちに読み、語りの
ボランティアで、『さがしています』を読んであげたい!
というメッセージも頂きました。嬉しいです!(人´∀`*)

最後に「山口のヒロシマデー」の活動についても一言。

「とっても大切で、僕らが語っていくことで、
まだ分からない、未発見のヒロシマを、これから
みんなで見つけないといけないと思います。」と。

ラジオをお聞きにみなさんは、
どんな風に受け止められたでしょうか?
また、感想などもお寄せ下さい!!
(池内記)

土砂災害のリスク

2014年9月 4日 カテゴリ:ブログ

今朝は、山口大学大学院 理工学研究科  金折裕司教授を、スタジオにお迎えしました。 「暮らしのファイル防災SP」だけでなく、 9時台、10時台の各コーナーをお休みして、 金折先生には、山口県でも起こりやすい表層崩壊、 土砂災害のリスクについて、お話して頂きました。 花崗岩が風化した「まさ土」は、1mm以下の細かい粒で、 砂のようにさらさら、大量の水を含むと崩れやすく、 今回の広島のように、短時間に大雨が降ると、 耐えられなくなって、大きな災害になる・・・ 基本的なことをおさらいしてお話を進めました。 「まさ土」の地域は、山口県内にも結構あります。 全国で最も土砂災害危険箇所が多いのが広島県、 ついで島根、山口と続き、ワースト3だそうです。 県内の土砂災害危険箇所は、2万箇所以上も!! 今、自分が住んでいる所が、昔はどんな地質で、 どんな地形だったか?考えて家を建てたり買ったり、 アパートを選んだりして・・・いませんよね? (残念ながら、私は全く考えていませんでした) 金折先生は「我々は、自分たちが住んでいる土地のことを 知らなさ過ぎる。土地には災害の歴史が刻まれている。 山は地震のたびに高くなり、バランスを保つために、 崩れて行く・・・そうして、長い時間かけて変化して行く」 今回被害が大きかった広島市安佐北区周辺の地図の 今と昔を見比べてみると、1925年頃は、家がほとんど 見当たりませんが、今は住宅がいっぱい建っています。 地図を見ながら、「このあたりは、過去に繰り返し、 土砂災害が起こっていた地域です・・・」と金折先生。 しかし、現実問題として、山を削って埋めて、 きれいに宅地整備されていたら、そこが扇状地だったか というのは、私たちにはわかりません。 だから、地名や古地図、言い伝えなどがヒントになる! とおっしゃるのです。 先人からのメッセージは見逃さないで!!と。 油谷半島は地すべり危険地帯と言われていますが、 だから、危険な場所に棚田を作って、人は安全な場所で 暮らしていたのだそうです。 棚田は美しい、日本の原風景なんて思っていた私は、 ここで、頭をガツンと打たれた感じです。 田んぼは、ダム代わりの保水にも役立つし、 崩れてもまた作り直せばいい・・・ 風景として美しいから作ったわけではない!と。 金折先生は、今回の広島の土砂災害を「複合災害」とも おっしゃいましたが、これを機に、一度、自分が住んでいる 地域のことを、ハザードマップで確認するとか、 地質図を見て知っておくことは大切だと思いました。 それから、昔からの言い伝えを紐解くことも・・・ 毎週木曜日は「防災」について考えています。 (池内記)

ベルリンの壁

2014年9月 3日 カテゴリ:ブログ

水曜日のレギュラー、マルク・レールさんは、
今日から夏休みに入り、ドイツへ帰国されました。

その前に、ドイツ近代史の中で忘れてはいけない
「ベルリンの壁」が造られて壊されるまでを、
2週に分けて、マルクさんの目線でお話して頂きました。


その中で、私が印象に残ったことは・・・
ベルリンの壁が壊されるのに、
メディアが大切な役割を果たしたということ、

28年もの間、東西に分断されていたのに、
壊れる時はあっけなく、それは突然訪れたということ。


たまたま、マルクさんは、ベルリンの壁近くにいて、
「これは大変なことになる!」と思い、電車に乗り、
帰宅を急いでいたら、地下鉄は満員!(@@)
「今日のような素晴らしい日はない♪」と
サッカー観戦で応援する時に歌う唄を、
みんなで合唱し、知らない者同士がハグして
クールなマルクさんも泣いて喜び合ったそうです。


当時、まだ、大学生だったマルクさんは、
日本の放送局のスタッフに同行して、
ベルリンの壁崩壊・・・その後を様々な角度から取材。

現地コーディネーターのような役割で、
アポを取ったり、通訳をするのが仕事でした。

ニュースで始まりニュースで終わる日々が2週間続き、
歴史的瞬間に関わる幸せを感じていたとおっしゃいます。


マルクさん一行は、4人家族を密着取材!!
どこに行きたいのか?
何を求めているのか?
どういうところに興味があるのか?などを質問すると、

デパートや名所見物ではなく、
ただ、街をブラブラ歩きたいという答えでした。

なんと、西ドイツには、東から来た人に「歓迎金」を
支給するという制度があり、一人、一年に一回100マルク
(日本円にして10000円位)を支給していたそうです。
(ベルリンの壁がある時は、限られた高齢者でしたが)


壁がなくなり、自由に行き来できるようになると、
東ドイツの人たちは、真っ先に「歓迎金」を貰って、
100マルク以下で買える<ラジカセ>や<コーヒー豆>
そして、統一の象徴ともいえる<バナナ>を求める人が
多かった・・・と聞いて、びっくりしました。(o゚д゚o/)/

特に、検問所でトラックからバナナを、歓迎の印として
配られている光景は、マルクさんもびっくり!(o゚д゚o/)/
忘れられないシーンだと言います。


ネットでも、「ベルリンの壁」で検索すれば、
当時の様子が、生々しい映像で見られますが、
マルクさんも、あの時、あの場所で、歴史が変わる
瞬間を見て、伝えた一人だったのですね!!(*⌒▽⌒*)


ドイツ帰国中、9/17(水)は、ドレスデンから
電話でお話が聞けそうです!!お楽しみに!!
(池内記)